29号 2012年(平成23年)4月20日

伝統産業の町川尻の諸識

川尻桶   その一

加藤清正は慶長六年(一六〇一)~十五年(一六一○)の間に緑川の改修を行い、阿蘇外輪山の木材を内大臣・砥用・甲佐方面から筏で流し、川尻で集荷した。この機に川尻で木材工業が盛んになったと伝えられている。

藩政時代、田町通りには二十五軒もの桶屋が建ち並び、職人と徒弟たち二百五十人ほどが居住する「桶屋町」と呼ばれていた。

明治以降、伊津野家の本家、分家、新家の三家は樽丸屋と呼ばれ、瑞鷹の専属となり、酒仕込み用の五尺桶(高さ一、五三メートル)や四斗樽(七十二リットル)などの容器を作った。また、松本家は樽の修繕を専門とし、瑞鷹の酒蔵を巡回して樽の修理に当たった。昭和九年(一九三四)十月の職業調査によると、新田町の十八軒に他地区の桶屋を合わせた二十五軒が川尻町の重要産業として刃物製造と共に栄えていた。

桶の材料の杉は矢部方面、たがの材料の真竹は木山や隈庄から買い入れていた。ちなみに、桶は被せ蓋で、樽は蓋(鏡板)を落とし、嵌め込んだもである。なお、樽は積み重ねるため、上部を大きく作ったものが一般的だった。

*職人の生活

一軒の桶屋では一般的に、職人は五、六人、徒弟が六、七人ほどが働いていた.職人は家を持ち、通いで働いていたが、徒弟は住み込みであった。

新入りは、最初のうち「研ぎ水汲み」や使い走り等の雑用をさせられる。仕事は、「竹ヘゲ剥ぎ」とか「刃物研ぎ」などから仕込まれていく。「たが」にする竹ヘゲ(ひご)の取り方は三角(梯形)で桶屋独特の方法である。竹細工では平たくヘゲを取って作るが、桶作りは三角にしないと、たがの締め付けが効かないからである。

砥石には数種類あり、研ぐ刃物の種類も多い。全員の刃物を研ぐのが新入りの仕事であった。兄弟子に殴られながら研ぎ方を覚えていく。その他、鉋(かんな)がけ、鋸引きなどきつい修練を積まなければならなかった。

一日の仕事は明け方の掃除から日没の後片付けまで続いた.仕事を終えた夜や一日、十五日の休日には兄弟子たちと銭湯に行ったり、映画を観に行ったり、街で遊び回った。

弟子入りしての二、三年間は小遣いにも窮しており、そのことを知っている兄弟子たちから古着を貰ったり、お菓子を奢って貰うのが順送りでした。

道具の使い道をある程度習得すると、職人の手伝いを離れ自分で桶を製作するようになる。三年ほどで「すし桶」が作れた。この頃から給金も増え、小遣いや衣服の不自由もなくなる。十年間の年季で腕を上げ一人前の職人と認められるのが一般的だった。

一人前になると親方から道具一式が贈られる。しかし、広い仕事場や高価な道具類の購入には費用がかさむため、その後も職人として残って独立資金を蓄える人が多かった。

西 輝喜

2009年(平成21年)4月20日
~船の魅力その二~
幕府の大船への怖れは的中しました。関ヶ原の戦いから二百五十三年後の嘉永六年(一八五三)六月、ペリー提督に率いられたアメリカ東洋艦隊の黒い大船四隻が突如江戸湾に進入してきたのです。途方もない大きい黒船の到来に国中は騒然となり、幕府はその弱さを世間に露呈し、幕府崩壊への第一歩となりました。 この頃、志ある人々は「尊王攘夷だ、佐幕開港だ、公武合体だ」と国の行く末を論じ、さらにその主張を行動に移すなど国内は騒然たる雰囲気に包まれて行きました。 さて、土佐高知藩の郷士坂本竜馬は十八歳の嘉永六年(一八五三)、江戸に出て千葉道場で剣術の修行に励み、仲間と時節について研鑽を積んだ後、土佐に帰国して土佐勤王党に参加しました。翌年脱藩して再び江戸に出た坂本竜馬は赤坂の勝海州邸を訪ねます。血気に逸る竜馬は、成り行きでは勝を斬る覚悟でした。
その年、文久二年(一八六二)に幕府の軍艦奉行となっていた勝安房守は、そんな竜馬を見ると、ゆったりした表情に時折微笑を浮かべながら二年前、遣米使節の随行艦として、オランダから購入した咸臨丸という蒸気軍艦に乗り組み、太平洋を横断した時の「感動、そして知った世界の広さと文化」を語り、日本人が今急いでなすべきことは航海術の習得であり、これが海軍力の強化となり、日本の国益につながると「国防と国益を兼ねた開港論」を諄諄と説いた。〝目から鱗が落ちる〟とはこのことだろう。「攘夷」を叫ぶ己の視野の狭さが恥ずかしく、竜馬はその場で勝安房守に入門を乞いました。

金太のつぶやき

私たちの暮らしの中で生命を吹き込まれ育まれてきた熊本の伝統工芸品。その伝統工芸品は、時代を超えて芸術性を増し、国境を越えて人々の心に優しさと安らぎを与えています。また、日本の四季が、「創造」と「感性」の豊かさを育み熊本の工芸品に彩りを持たせてきました。海路交通が盛んな時代、海の玄関口であった肥後(熊本)の川尻は、必然的に工芸が生まれる土地柄にあり、その伝統を今日まで継承している町です。川尻のまちづくりの観光スポット「くまもと工芸会館」では伝統工芸普及のために工芸逸品の展示販売と各種工芸教室を開催しています。皆様方の新鮮で創造豊かな感性を「くまもと工芸会館」でぜひ創作してください。