33号 2012年(平成24年)11月20日

 

「御船手渡し場跡」

国史跡指定    その一

 

時代区分に鎌倉時代から室町時代にかけての狭間に南北朝時代があります。 

この時代から室町時代にかけての最大の軍記物が「太平記」で、全四十巻もある膨大な読み物です。そのごく一部を紹介します。 

足利利直(ただふゆ)という人物は足利尊氏の長男として生まれましたが、母の身分が低かったため仏門に入られようとするところを尊氏の弟、直義(ただよし)が憐れみ、自分の養子として育てます。しかし、尊氏と直義が仲たがいを始めたことから直冬は実父尊氏を敵に回すことになります。いわゆる観応(かんのう)の擾乱(じょうらん)です。

「中国探題」として備後(現在の広島県)の鞆津(とものつ)にいた直冬は、尊氏の執事高師直(こうのもろなお)の手先に襲撃されます。押し寄せて来た軍勢は二百余騎。弓矢で必死に防戦を続ける直冬のところに、すっと船を寄せて直冬を招き入れたのが肥後国河尻庄の七代城主河尻幸俊(なるとし)でした。その船に乗って直冬は肥後国に落ちて行きました。

「・・・志ある者は小舟に乗って追いつき奉る。・・・潮の鳴戸にさして行く船は、片帆は雲に遡り、煙水眼に茫々たり、萬里漂白の愁、一葉扁舟の憂思、涙馴衣袖朽ちて涙忘るり・・・」と「太平記」は思い入れたっぷりに物語っています。貞和五(1349)年九月のことです。

文中、「潮の鳴戸にさして行く船は」とあります。鳴門は四国徳島県北部で、鞆津から西行する場合、潮の流れが速い来島海峡を避けて、伊予の港を経由して行くルートが古代から有力な航路として存在していたようです。太平記には記述はありませんが、四国を経由して無事川尻の港に着いたことは間違いありません。その川尻の港こそ「御船手渡し場跡」と考えられるのです。

それにしても幸俊はなぜ鞆津に居合わせたのでしょう。当時の全国な見地からすれば、肥後国の一国人(鎌倉時代の地頭・領主)に過ぎない河尻幸俊が足利直冬を招いたのです。苦戦を強いられていたとはいえ見も知らぬ人物の船に直冬が乗ったとは考えられず、以前両者はなんらかの接触なり接点があったと思われます。

知人から頂いた資料によれば貞和二(1346)年三月二十四日、藤原氏女(女は娘のこと)と「川尻肥後守」との間で、京都高辻高倉東南の地が現銭二十貫文で三ヵ年間の貸借契約がなされています。川尻肥後守とは幸俊と考えて間違いありませんが「肥後守」補任の資料は見当たりません。貸借の地所から北に上った高倉小路に直義の館があり、さらにすぐ北の二条高倉小路には尊氏の館があったのです。

西 輝喜

2009年(平成21年)4月20日
~船の魅力その二~
幕府の大船への怖れは的中しました。関ヶ原の戦いから二百五十三年後の嘉永六年(一八五三)六月、ペリー提督に率いられたアメリカ東洋艦隊の黒い大船四隻が突如江戸湾に進入してきたのです。途方もない大きい黒船の到来に国中は騒然となり、幕府はその弱さを世間に露呈し、幕府崩壊への第一歩となりました。 この頃、志ある人々は「尊王攘夷だ、佐幕開港だ、公武合体だ」と国の行く末を論じ、さらにその主張を行動に移すなど国内は騒然たる雰囲気に包まれて行きました。 さて、土佐高知藩の郷士坂本竜馬は十八歳の嘉永六年(一八五三)、江戸に出て千葉道場で剣術の修行に励み、仲間と時節について研鑽を積んだ後、土佐に帰国して土佐勤王党に参加しました。翌年脱藩して再び江戸に出た坂本竜馬は赤坂の勝海州邸を訪ねます。血気に逸る竜馬は、成り行きでは勝を斬る覚悟でした。
その年、文久二年(一八六二)に幕府の軍艦奉行となっていた勝安房守は、そんな竜馬を見ると、ゆったりした表情に時折微笑を浮かべながら二年前、遣米使節の随行艦として、オランダから購入した咸臨丸という蒸気軍艦に乗り組み、太平洋を横断した時の「感動、そして知った世界の広さと文化」を語り、日本人が今急いでなすべきことは航海術の習得であり、これが海軍力の強化となり、日本の国益につながると「国防と国益を兼ねた開港論」を諄諄と説いた。〝目から鱗が落ちる〟とはこのことだろう。「攘夷」を叫ぶ己の視野の狭さが恥ずかしく、竜馬はその場で勝安房守に入門を乞いました。

金太のつぶやき

私たちの暮らしの中で生命を吹き込まれ育まれてきた熊本の伝統工芸品。その伝統工芸品は、時代を超えて芸術性を増し、国境を越えて人々の心に優しさと安らぎを与えています。また、日本の四季が、「創造」と「感性」の豊かさを育み熊本の工芸品に彩りを持たせてきました。海路交通が盛んな時代、海の玄関口であった肥後(熊本)の川尻は、必然的に工芸が生まれる土地柄にあり、その伝統を今日まで継承している町です。川尻のまちづくりの観光スポット「くまもと工芸会館」では伝統工芸普及のために工芸逸品の展示販売と各種工芸教室を開催しています。皆様方の新鮮で創造豊かな感性を「くまもと工芸会館」でぜひ創作してください。