24号 2011年(平成23年)7月20日

 

川尻公会堂創立八十周年によせて

その一   吉村太八(瑞鷹創業者)

太八は天保九(一八三八)年、川尻中町浅木屋要八の次男として生まれ、嘉永六(一八五三)年、十六歳のとき三郎兵衛の養子として大嶋屋分家へ入家します。

大嶋屋三郎兵衛は異風人でした。家は売薬を業としていましたが商売を好まず、俳句を作り、書物を読むことを楽しみにしていました。俳人仲間ではその中心として信頼を受けていたが生計は苦しく、本家大嶋屋からの援助で暮らしている状態でした。従って、養家での太八の仕事はありませんでした。このため、太八は町で産する桶類を担いで熊本方面へ行商するのが日課でした。また、家が売薬を取り扱っている関係から、年に一度、富山から入れ薬商がやって来ると,太八はその供をして薬籠を担い、山村を廻る賃仕事もしていました。

安政四(一八五七)年、三郎兵衛は隠居して家督を太八に譲りました。太八は養家の家業を引き継ぎましたが、その時の商品棚卸総額は僅か六百四十文だったといいます。当時うどん一杯が十六文でした。太八は「懸命に働きさえすれば、必ず神が降りてくる」という実家の教えを胸に、大嶋屋本家からの援助を辞退して、商売に勤しみました。

当初は、養父から引き継いだ売薬に加え箒、草履等の小雑貨を商い、次いで米や雑穀の搗き売りも始めます。これが割と利があり、更に自宅で麹の製造を手掛けました。

その当時、多くの家で自家用の酒を造っており、また酒屋も多量の麹を必要としていたので、秋から冬場にかけて麹はよく売れた。川尻が肥後五ケ町の一つで、商業上の制約をほとんど受けない地域だったことが幸いしたのです。

太八が文久元(一八六一)年に結婚した頃、客が店に置いていない薬を求めると、夜分店を閉めてから熊本まで往復三里の道をその薬の仕入れに出かける程の商売熱心さで、次第に人々の信用を高めていきました。

太八は養父三郎兵衛が近眼に加え老齢のため書物を読めなくなると、終日の労働で疲れ切っていても、毎晩軍記物語を呼んで聞かせるなどの孝養を尽くしました。そのことが町奉行の耳に入り、太八は親孝行と家業精励により鳥目一貫文の褒賞を頂いたのです。鳥目とは、丸い穴あき銭で、一貫文が一000枚で一分、四分が一両です。

慶応三(一八六七)年十月、太八は住宅裏の小屋で少量の濁酒を造りはじめます。酒造業の始まりです。

明治二(一八六九)年、太八は酒造蔵一棟を建設します。太八が初めて作った建築物でした。そして、その年の二月三日、長男彦太郎が誕生。その後二年おきに次男藤吉、三男和七が産声を上げました。

西 輝喜

2009年(平成21年)4月20日
~船の魅力その二~
幕府の大船への怖れは的中しました。関ヶ原の戦いから二百五十三年後の嘉永六年(一八五三)六月、ペリー提督に率いられたアメリカ東洋艦隊の黒い大船四隻が突如江戸湾に進入してきたのです。途方もない大きい黒船の到来に国中は騒然となり、幕府はその弱さを世間に露呈し、幕府崩壊への第一歩となりました。 この頃、志ある人々は「尊王攘夷だ、佐幕開港だ、公武合体だ」と国の行く末を論じ、さらにその主張を行動に移すなど国内は騒然たる雰囲気に包まれて行きました。 さて、土佐高知藩の郷士坂本竜馬は十八歳の嘉永六年(一八五三)、江戸に出て千葉道場で剣術の修行に励み、仲間と時節について研鑽を積んだ後、土佐に帰国して土佐勤王党に参加しました。翌年脱藩して再び江戸に出た坂本竜馬は赤坂の勝海州邸を訪ねます。血気に逸る竜馬は、成り行きでは勝を斬る覚悟でした。
その年、文久二年(一八六二)に幕府の軍艦奉行となっていた勝安房守は、そんな竜馬を見ると、ゆったりした表情に時折微笑を浮かべながら二年前、遣米使節の随行艦として、オランダから購入した咸臨丸という蒸気軍艦に乗り組み、太平洋を横断した時の「感動、そして知った世界の広さと文化」を語り、日本人が今急いでなすべきことは航海術の習得であり、これが海軍力の強化となり、日本の国益につながると「国防と国益を兼ねた開港論」を諄諄と説いた。〝目から鱗が落ちる〟とはこのことだろう。「攘夷」を叫ぶ己の視野の狭さが恥ずかしく、竜馬はその場で勝安房守に入門を乞いました。

金太のつぶやき

私たちの暮らしの中で生命を吹き込まれ育まれてきた熊本の伝統工芸品。その伝統工芸品は、時代を超えて芸術性を増し、国境を越えて人々の心に優しさと安らぎを与えています。また、日本の四季が、「創造」と「感性」の豊かさを育み熊本の工芸品に彩りを持たせてきました。海路交通が盛んな時代、海の玄関口であった肥後(熊本)の川尻は、必然的に工芸が生まれる土地柄にあり、その伝統を今日まで継承している町です。川尻のまちづくりの観光スポット「くまもと工芸会館」では伝統工芸普及のために工芸逸品の展示販売と各種工芸教室を開催しています。皆様方の新鮮で創造豊かな感性を「くまもと工芸会館」でぜひ創作してください。